相剋譚までの情報で石田雨竜周りの設定考察

アニメ千年血戦篇の第3クール「相剋譚」までの描写を踏まえて、滅却師や雨竜周りの設定についての現時点での自分の考察をまとめた記事です。
第4クール範囲の原作の展開と小説「Can't Fear Your Own World」のネタバレを含みますのでご注意ください。


滅却師と心臓

血装における「動脈・静脈」と「攻撃・防御」の関係

動血装静血装は名前からして動脈と静脈に対応しているが、何故動脈に霊子を流すと攻撃能力を、静脈に霊子を流すと防御能力を強化できるのか?という問題。
これは動脈と静脈が霊王の力でいうところの「前進」と「静止」に対応しているためなのではないかと思う。

人間の心臓は左心房・左心室・右心房・右心室という4つの部分に分かれており、大動脈に繋がるのは左心室大静脈に繋がるのは右心房である。
つまり、大動脈・大静脈に繋がる心臓の部位の左右前進・静止を司る霊王の腕の左右は一致している。

心臓の部位と血管の繋がり 霊王の腕が司るもの
(肺静脈 →) 左心房 → 左心室 → 大動脈 前進
大静脈 → 右心房 → 右心室 (→ 肺動脈) 静止

(動脈と前進が「左」、静脈と静止が「右」で対応している)

滅却師の力の源流は霊王なので、霊王の左腕・右腕そのものほど強力ではなくとも滅却師に前進・静止を司る能力が備わっていてもおかしくはない。
動血装は「前進」の力で攻撃能力を高め、静血装は「静止」の力で防御能力 (敵の攻撃を止める力) を高めていると考えると個人的にはしっくりくる。

ちなみに、単行本60巻収録の537.で一心が真咲の静血装について説明するシーンでは真咲の左腕にだけ血装の紋様が浮かんでいて「あれぇ……?」となったのだが (↑の説が正しい場合、静血装のイメージとして片腕だけに紋様を描写するなら「右腕」にしそうなので)、アニメでは右腕に変更されていた。
そこまで考慮しての変更なのか……?


静止の銀

聖別を受けた滅却師は心臓に銀の血栓ができて死に至る場合があり、この銀は「静止の銀」と呼ばれる。

最終決戦での「静止の銀」の説明に登場する「銀の血栓ができた心臓」のイラストでは心臓の左上、右心房の辺りが銀で覆われているように見える。(※「右手」や「右足」などと同じく、右心房・右心室があるのは本人から見て右側=向かって左側となる)
大静脈に繋がる心臓の右側に「静止の銀」ができていることになるので、やはり前項で示した対応と一致している。

ちなみに、「滅却師最終形態により失った滅却師の力を取り戻す方法」に登場する「洞房結節」は右心房に存在する
洞房結節 右19mmの位置に霊弓の一撃を加えることで滅却師の力が戻るということは、その付近に滅却師の力の発生源があり、聖別を受けた時にはそこが銀の血栓で塞がってしまうというイメージなのだろうか。


銀の血栓ができる場合とできない場合

竜弦は『"聖別"にかけられた滅却師は全て 心臓に銀の血栓ができて死ぬ』と語っていたが、骨になって死んだロバートやジェラルド、そもそも死ななかったバズビーやリルトットなど竜弦の発言に当てはまらない者も居た。

アニメ千年血戦篇 第40話の回想シーンにて幼少期の雨竜やその傍にいた使用人が聖別で倒れていたのに対し、真咲は力を奪われても倒れていなかった。(あの後に倒れてからグランドフィッシャーにやられた可能性もないとは言い切れないが)
これを見るに、心臓に銀の血栓ができて死ぬのは「滅却師+人間」の混血統滅却師のみなのではないかと思う。
竜弦が観測した「聖別にかけられた滅却師」は全て混血統、かつ特殊な例である雨竜以外は命を落としているはずなので、竜弦の視点では「聖別にかけられた滅却師は"全て"〜」という認識になる。

何故「人間」の要素があると銀の血栓ができるのかについては説明できないけど。
純血統よりも滅却師の血の割合が少ないことが聖別への耐性に関係してるとか?

逆に骨になって死ぬケースについては「純血統滅却師かつ霊体」の場合のみとか、9年前の聖別対象者の誰にも当てはまらないような条件があるのかもしれない。


雨竜に関する過去の考察を整理

目の変色

第27話 (相剋譚1話目) の千手丸 VS 雨竜戦の前後に雨竜の目が赤く変色しているシーンがあった。
特に、戦いが始まる前の方のシーンの直後にはハッシュヴァルトが何かを感じ取っているような描写がある。

赤い目といえばユーハバッハが思い出される。
ハッシュヴァルトも、本来の目の色は青だが、第39〜40話でユーハバッハと能力が入れ替わって重瞳化している間は目がユーハバッハと同じ赤色に変化している。

第27話の感想記事では、「雨竜が与えられた聖文字 "A" の能力は『完全反立 (アンチサーシス)』ではなくユーハバッハと同じ『全知全能 (ジ・オールマイティ)』である」と予想した。
ハッシュヴァルトのリアクションは、雨竜が居るはずの場所から「全知全能」らしき力を感じたことに違和感を覚えているものと解釈。

ちょうど第27話の範囲で、ユーハバッハは「力の9年」が終わる前に眼を開けば力の制御を失ってしまうため眼を瞑じていたと説明されている。
雨竜の目に浮かんでいた血装と、千手丸の「刺絡」で刺された後に発現した不完全な完聖体については、

  • 雨竜の眼も今は"瞑じて"いるが、ユーハバッハの開眼に共鳴して開きかけてしまい、その結果 力の制御が不安定な状態になっていた
  • ↑の状態で刺絡を通して霊王の眷属たる零番隊の霊圧が体内に入り込んだことによってユーハバッハから授かった力が刺激されてしまい、力が暴走して不完全な完聖体が発現した
  • 目の血装は外部からの力で眼が開きそうになるのを静血装の「静止」の力で抑制しようとする防御反応

……と考えている。

千手丸を射抜いた後、翼が消えてから「右手」の甲に (特殊な形状の) 血装が浮かんでいたのも、「静止」の力により暴走を抑え込んだことの示唆かもしれない。


それでは、「完全反立」とは何なのか

アンチサーシス (antithesis) は「正反対」「対照」「アンチテーゼ」などを意味する英単語。
名前に英語が使われている能力の系統といえば完現術聖文字の能力があり、

  • 小説「Can't Fear Your Own World」にて、完現術とは魂魄に霊王の欠片 (爪など) が入り込むことで発現する能力であったことが判明している
  • 聖文字はユーハバッハの血杯を仰ぐことで魂魄に刻まれるもの

……と、どちらも「霊王またはそれに近い存在の力が魂魄に作用することで発現する能力」なので、この条件に当てはまる能力には英語で名前が付いていると考えられる (織姫とチャドなど例外あり)。

このことから、完全反立は聖文字の能力でなかったとしても霊王には関連していると考えられ、第27話の感想記事では「雨竜は霊王のパーツかそれに似た性質のものを持っており、『完全反立』はその霊王パーツに由来するものである」と予想した。

「ユーハバッハに与えられたものではなく、完現術かどうかは微妙だが霊王の力に由来する能力」としてはペルニダとジェラルドという前例がある。
上記の説なら、「完全反立 (アンチサーシス)」に定冠詞「ジ」(the) が付かないのは「そもそも聖文字の能力ではないから」と簡潔に説明がつけられるし、名前に英語が使われる能力系統が作中に複数あることを利用したミスリードというのも発想として面白いと思う。


聖別が効かない条件

第27話の時点では、雨竜が9年前の聖別で死ななかったのは何らかの霊王パーツを持っていたためだと予想していた。
と言っても、原作では霊王の心臓とされるジェラルドが聖別によって死亡しているため、霊王のパーツを持っているだけでは聖別を受けない理由にはならない。

そこで第27話時点では「『混血統滅却師 (滅却師因子+人間因子) + 霊王パーツ』だと因子が3つになり、『純血統滅却師 (滅却師因子のみ) + 霊王パーツ』の場合よりも因子数の多さで霊王に近付くため聖別に耐性ができる」と一応の理由を考えてみてはいたが、自分でもあまりしっくりきてはいなかったのが正直なところ。
雨竜が生き延びた理由は作中で最大の謎の1つであるだけに、もっと明快にパチッとハマるアンサーがあってくれた方が気持ちが良い。

アニメ千年血戦篇 第40話にて、聖別を受けなかったのは雨竜ではなく叶絵であったことが判明したものの、「聖別が効かない条件」が大きな謎であることには変わりない。


雨竜が生き延びた理由について

考察においても曲者、ジェラルド

先述の通り、「因子の数が多い方が〜」とかいう回りくどい上にいまいち納得感のない理由付けを考える必要があったのは霊王の心臓であるジェラルドが聖別で死亡しているせいだった。
この「ジェラルドが霊王の心臓である」という前提を覆すことはできないだろうか?

ペルニダの姿が左腕そのものであったのと違って、ジェラルドには分かりやすく心臓らしい要素はない。
ナックルヴァールの台詞がなければ、読者は霊王の心臓が本体から切り離されているという発想にすらならなかったと思う。

ナックルヴァールがジェラルドと一緒に名前を挙げたペルニダの方は作中の描写から霊王の左腕で間違いなさそうだが、「信憑性の高い情報」と「真偽不明の情報」を並べて後者も正しい情報のように見せるというのはミスリードの手法としては有り得るのではなかろうか。


「ジェラルド=霊王の心臓」は否定できるか

ジェラルドが霊王の心臓であることを否定するにあたってネックになるのがアニメ千年血戦篇 第26話 (第2クール最終回) で千手丸がジェラルドの心臓に「刺絡」を突き刺すシーン。
突き刺された心臓が赤く発光していて、初見時は明らかにジェラルドが霊王の心臓であることの伏線になる描写だと思った。

ジェラルドは心臓そのものの姿をしていないことから、仮に霊王の心臓を持っていたとしても、左腕そのものの姿をしていたペルニダとは事情が異なるはず。
どちらかというと霊王の右腕を宿していた浮竹に近い状態だと思う。

件のシーンでの心臓の発光色である赤色はジェラルドを象徴する色 (完聖体などの色)。
霊王の心臓の力が発揮される時に心臓が赤色に光るというのは、浮竹で例えるなら「ミミハギ様の力を発動させる時に、右腕が浮竹の霊圧の色に発光する」ようなもので、少し違和感があるといえばある。

心臓を刺されても死ななかったのは、「奇跡 (ザ・ミラクル)」により「本来死ぬはずの状況で"奇跡的に"死ななかった」(赤い発光は「奇跡」の発動エフェクト) など霊王の心臓とは無関係な現象と考えられなくもないと思う。苦しいが……。
(ジェラルド本人は「奇跡」の効果を「傷を負った部位を神の尺度に交換する」と説明しているが、原作でひよ里たちを見つけるシーンから、「奇跡的な幸運を引き当てる」ような効果もあるように思われる。こう言うとジャックポット・ナックルみたいだな)

ちなみに、ジェラルドが聖文字を与えられる前から能力を持っていたことは間違いないはずなので、彼が何かしら霊王のパーツを持っていることは疑っていない。
安直だが、アニメ第39話にて乱菊 (元々霊王の爪を持っていた) が意味深にジェラルドの方を見ていたシーンがあったことから、ジェラルドが持っている霊王パーツもなのではないかと予想している。


本題:叶絵にはなぜ聖別が効かなかったか

ジェラルドが霊王の心臓でなかった場合、「霊王の心臓を持っていても聖別は有効」という前提が覆る。

聖別を受けた滅却師は心臓に銀の血栓ができて死ぬ場合があることから、聖別は心臓に作用しているはず。
先の前提が覆った場合、霊王の左腕や右腕がどうかはともかく、「心臓に作用する『聖別』は霊王の心臓には効かない」という可能性が出てくる。

そしてこの仮説が正しければ、叶絵が混血統にもかかわらず聖別を免れたのは「霊王の心臓を持っていたから」とするだけで説明がつく。

元々霊王の心臓とそれに由来する能力「完全反立」を持っていたのは叶絵であり、叶絵は雨竜の「聖別により力を失った」という事象と自身の「聖別を受けなかった」という事象を逆転させ、自分を犠牲にして雨竜を助けた。
それと同時にかは不明だが、霊王の心臓は叶絵から雨竜へ渡り、後に雨竜にも「完全反立」が発現した……と予想。

聖別で倒れたはずの雨竜が今生きており、聖別で倒れなかった叶絵が一心の台詞では「9年前の6月17日に倒れた」とされているこの逆転現象を「完全反立」説よりも綺麗に説明する方法は今のところ思いつかない。
宗弦が「見えざる帝国」を追放されていることから、時系列的に叶絵がユーハバッハから聖文字を与えられている可能性は低いため、叶絵が完全反立を持っていたのであれば前節で述べた「完全反立は聖文字の能力ではない」説の信憑性も増してくる。
その上で、聖文字を与えられた雨竜の使う「完全反立」に定冠詞が付かないことから、雨竜の聖文字の能力は完全反立の他にあるというのも十分有り得そうになってきたように思う。

聖別の結果を逆転させたことと霊王の心臓が雨竜に渡ったことに直接の関係があるかは分からない。
和尚がユーハバッハに霊王の左腕を押し付けていたことから、霊王の心臓を移動させるのに完全反立は必要なさそう。
「叶絵は自分だけが倒れなかった理由までは理解できていなかったが、倒れた息子を助けたいという願いに応えて霊王の心臓がひとりでに雨竜に移った」ということもあるかもしれない。
ミミハギ様が浮竹十三・駒夫妻の祈りに応えて十四郎の体に宿ったように。


雨竜と心臓

アニメ千年血戦篇 第24話で雨竜が霊王大内裏を見上げているシーンや第27話でユーハバッハ開眼後に雨竜が千手丸の反物から解放されるシーンでは、雨竜の左胸の辺りから謎の光が発せられている
前者のシーンでは霊王大内裏にいるアドナイェウスの力に、後者のシーンではユーハバッハの力に、霊王の心臓が共鳴したことを表しているのではなかろうか。

何なら、第27話の千手丸戦で不完全に完聖体が発現した時には左胸に心臓くらいの大きさの光が見え、そこから激しく火花が散っていた。
これほど分かりやすく心臓の位置が発光しているなら既に誰かが雨竜と霊王の心臓を関連付けた説を唱えていそうなものだが、それが頭によぎらないほど、ジェラルドが霊王の心臓という前情報が大きいということか。

聖隷時の完聖体で左胸部分に矢羽型のバッジが付くのも、雨竜が霊王の心臓を持っていることの示唆なのかも。


全知全能・完全反立と心臓

霊王が「全知全能」の眼に映らない存在であるためか、第24話のアバンタイトルで和尚からユーハバッハへ霊王の左手が渡った時、ユーハバッハの眼は瞑じてしまった。
霊王のパーツを持っていると「全知全能」の眼が開けなくなるのであれば、雨竜の「全知全能」も霊王の心臓を持っている限り基本的には表に出てこないということになる。

一方、消失篇までは影も形もなかった「完全反立」は、「一護の滅却師の力のように眠っていたが、霊王に近い性質を持つ存在であるユーハバッハの血杯を仰いだことによって霊王の心臓が刺激されて発現した」ものと考えている。

これなら雨竜の視点では「ユーハバッハの血杯を仰いだことで (聖文字の能力ではないにもかかわらず)『完全反立』が発現した」ように見えるはずであり、原作の雨竜がハッシュヴァルト相手に「完全反立」が自分の聖文字 "A" の能力だと言い切っていた (本人さえも聖文字の能力を誤認していた) ことにも筋が通る。


滅却師完聖体について

雨竜の完聖体

雨竜の完聖体に光輪がない理由については、第30話の感想記事で「霊王パーツを持つ雨竜にはユーハバッハから授かった力を制御するための器官としての光輪が不要だから」だと予想した。
この件に関する考察は第30話時点とあまり変わらないので、詳細は第30話の感想記事 (最後の方に考察セクションがある) を参照されたし。

第30話時点での考察に、第33話の感想記事にも書いた内容を補足しておくと、

  1. 第30話で雨竜が完聖体を発動する際に光の柱に聖隷らしき演出がついていたのは、「翼のみの最低限の完聖体の発動」と「聖隷によるパーツの追加」を同時にやってただけで、雨竜の特殊性とは関係なさそう
  2. 第33話では狒狒王で刺された腹から全身に血装が広がって完聖体を発動しているので、必ずしも目の血装が完聖体発動の起点になっているわけではない

の2点か。

2.については、改めて見直すと第30話での完聖体発動時に両目から全身に広がっていった血装は第27話での目から火花が散る血装 (防御反応と予想したもの) とは別の現象っぽいし。

血装を通して霊王の心臓の力を「神懸」のように全身に広げることで、光輪なしで完聖体の力が制御できるようになる、とかなのだろうか。


霊王パーツ保持者の完聖体

第30話の感想記事では触れていなかったが、霊王パーツを持っている or 霊王パーツそのものであるはずのジェラルドとペルニダは聖別後に見せた完聖体に光輪があった。
前項の最後に書いた説を採用するなら、霊王パーツの力を全身に広げていないため光輪が必要になっていると説明はつけられるか?

ちなみに73巻を読み直していて初めて認識したのだが、ジェラルドの完聖体である「神の権能」には光輪がない。
身体を神の尺度に交換する過程で全身に霊王パーツの力が充填された状態になってるとか……?
この辺は全く自信なし。


残った謎

叶絵の背に浮かんでいたもの

相剋譚最終回にて、倒れた雨竜に駆け寄る叶絵の背後に円形の光が浮かび上がる様子が水溜まりに映り込んでいる。
この「円形の光」は背中に平行な面から後ろへ45度くらい倒したような角度で出現していて、翼や光輪の類ではないように見える。

それ以前に「見えざる帝国」の技術といえる滅却師完聖体を叶絵が使える可能性は低いと思うし、完聖体にしろ最終形態にしろ倒れた息子を助けたいという場面で使う理由が思いつかない。

これは現時点の情報では推測できない未知の現象だと思う。


依澄の左足の痣

小説「Can't Fear Your Own World」にて、後に完現術者となる子が胎内にいる時に母親が虚に襲われたケースが多いのは「胎内の子が霊王の欠片 (完現術の元) を持っている場合、それに惹かれて虚が母親を襲う」という因果関係であったことが明かされている。

アニメ千年血戦編 第27話の時点では、

  • 雨竜が持っている霊王パーツは竜弦から受け継がれたもの
  • 依澄 (竜弦母) は竜弦を身籠っていた頃に竜弦の霊王パーツに惹かれてやって来た虚に襲われたことがあり、左足の痣はその時についたもの

……と考えていた。

が、第40話の描写を踏まえて「雨竜は叶絵から霊王の心臓を譲り受けた」という予想に変わったので、依澄の痣については説明がつかなくなった。

これも宗弦周りのまだ語られていないストーリーに関するものだと思っておく。


キルゲの発言

原作ではユーハバッハは雨竜が聖別を生き延びたことについて『お前には 私の力を超える何かがある』と発言している。
つまり、雨竜が霊王のパーツを持っていたとしてもユーハバッハはそのことを知らない。

ユーハバッハでさえ知らないならキルゲが知っていようはずもないので、雨竜の強さの一因が霊王パーツにあるのだとすると『石田雨竜の神聖滅矢が私より弱い……?』『そんな筈はない』という発言も何なのか分からなくなる。
宗弦の方にも特殊な何かがあり、その血を継いでいるなら当然強いはずということなのだろうか。

それにしてもキルゲは『そんなもの (滅却師最終形態) に執心していたのは我等の研鑽と進化を拒んだ石田宗弦くらいのもの』とやや見下したような言い方をしており、宗弦の実力を評価していたようにはあまり見えない……。

単に、ユーハバッハが近々現世から石田雨竜なる滅却師を「見えざる帝国」へ連れてこようとしていることをキルゲは先んじて聞かされていて、「陛下が引き抜こうとするような者なのだから自分よりも強いに違いない」と思っただけ、なんてことはあるだろうか。


宗弦はなぜ滅却師最終形態に拘っていたのか

完聖体は恐らくユーハバッハから与えられる力であるのに対し、最終形態は自分自身の力ということになるはず。
ユーハバッハとの敵対を考えていた宗弦としては、ユーハバッハに与えられた力で戦うわけにはいかなかった、という辺りだろうか。

最終形態の力は聖別で奪えないのか、とかは分からないけど。


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アニメ千年血戦篇 相剋譚までの描写を踏まえた雨竜周りの考察&妄想は以上。

さー、禍進譚までにBLEACH読み直すぞー!!!
うおーーー!!!!

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